暑い夏が終わり,空が高く感じる秋はバードウォッチャーにとって特に楽しみな季節。空を見上げたり,遠くの場所の天気予報を気にかけたりして心待ちにしているのは「タカの渡り」です。鳥を見ない人にこの話をすると「タカって渡るんですか?」と驚かれることがしばしばですが,今回はバードウォッチャーの秋の風物詩,タカの渡りについて紹介します。
秋は春と並び,鳥たちの移動,つまり渡りの時期にあたります。春は越冬地から繁殖地へ向かう南から北への移動,そして秋は逆に繁殖地から越冬地へと向かう北から南への移動です。渡り鳥はヒタキやツグミなどの小鳥類,シギ・チドリ類,カモ類などさまざまで,タカ類もその1つに過ぎません。ではなぜタカの渡りだけ特別扱いなのでしょう。
1つはタカという鳥へのイメージです。鳥を見ない人にとって,タカは「山奥や森林にいる」「なわばり意識が強い」「孤高の存在で,見るときはだいたい1羽」と思われています。しかし,タカの渡りでは場所によっては市街地の上空で,何羽もが群れて移動していくので,こうしたイメージとは合っておらず,驚かれるのです。
もう1つは「渡り」という現象を自分の目で確かめられることです。バードウォッチャーにとっても,タカは一度にたくさん見られる鳥ではありません。しかし,タカの渡りでは条件さえ合えば数百あるいは数千ものタカが1日で,しかも複数の種類が観察できます。こうした機会はタカの渡り観察のほかにはありません。またタカ以外の鳥の渡り,例えば小鳥類やシギ・チドリ類はタカより小さく,飛翔速度も速いうえに,多くがタカなど外敵の襲撃を防ぐために夜間に渡るのでなかなか観察できません。一方,タカの場合は外敵の襲撃をあまり心配する必要がないため,昼間に移動し,しかも比較的ゆったり飛ぶため観察もしやすいです。さらにタカの渡りルート上で観察しやすいポイントはある程度決まっているため,その時期にポイントへ行きさえすれば,高確率でタカの観察ができるのです。
もちろん,いいことばかりではありません。タカの渡りでは移動中,つまり飛んでいるタカを見ることになるので,止まっている姿をゆっくり観察することはできません。また観察地の地形や気象次第ではかなり高空を飛ぶことがあり,双眼鏡や望遠鏡を使っても見えるタカの姿は小さく,種を見分けることさえ難しくなります。さらに観察日の見極めが難しいこともネックです。一般にタカの渡りは9月中旬~10月中に観察できますが,その期間中のいつが当たり日,つまりたくさんタカが見られる日になるかは完全に運です。「雨の降った翌々日は当たり日」「早朝~午前中が移動のピーク」といった経験則はあっても確実ではないので,ウォッチャーは天気予報を見たり,全国の渡りポイントの速報を見ながら,当たり日を予想しているのです。それもまた,タカの渡り観察の楽しみ方の1つといえるでしょう。
現在,日本ではタカやハヤブサの仲間は約30種見られ,そのうち渡るのは20種程度といわれています。大半のタカが渡るといえますが,そのうち渡り観察の対象になる代表的な種を紹介します。
まずはサシバ。大きさはカラス程度の中サイズのタカで,本州~九州で繁殖し,南西諸島〜フィリピンで越冬する夏鳥です。渡るときは群れをつくることが多く,100羽以上の集団が,大きく弧を描いて上空を舞う「タカ柱」が観察されることがよくあります。またタカの中では珍しく「ピックィー」とよく鳴くので,声を頼りに探すこともできます。近年,サシバの渡りはGPSタグを装着した個体の移動がかなり高精度にわかってきており,例えば奄美大島で冬にGPSタグを装着した個体が春には東北~中部までの各地に移動・分散し,秋には再び越冬のため奄美大島に戻るという興味深い結果が得られています。
渡るタカとして次によく知られるのはハチクマです。サシバより大きなタカで,トビと同じくらいのサイズです。サシバと同じく北海道〜九州で繁殖し,インドネシアなどで越冬します。越冬先はサシバ同様に東南アジアですが,秋の渡りルートは大きく異なり,サシバは南西諸島の島々に沿って渡っていくのに対し,ハチクマは九州まで来るとそのまま西進,東シナ海を一気に横断して中国大陸に入り,そして大陸内を南下するルートとなります。サシバより大柄なタカであるとはいえ,中継できる島もほとんどない東シナ海をほぼノンストップで渡りきることには驚かされます。また,ハチクマは羽色のバリエーションが多いことでも知られており,下面が暗色からほぼ真っ白の個体まで,パターンの観察を楽しむこともできます。
ハイタカ属のタカもよく渡りで観察されます。このグループにはオオタカ,ハイタカ,ツミ,アカハラダカが知られていますが,種間で模様が似ており,サイズも近いため,特に大きさの目安が少ない飛翔中の識別は難しく,上級者向けの観察対象です。また渡りのルートも詳しくわかっていないものが多いのですが,アカハラダカは繁殖地の朝鮮半島から対馬へ渡り,その後,九州を経由して南西諸島に沿って移動し,フィリピンなどで越冬することが知られています。キジバト程度と小形のタカながら,数千を超える巨大なタカ柱をつくる渡りが観察されており,シーズンになると渡りルート上の観察地は多くのウォッチャーでにぎわいます。
ここで紹介した以外にもノスリやチュウヒ,ハヤブサの仲間などが渡ります。また,秋ほどの規模ではないものの,春にもタカの渡りは観察されています。タカの渡りを扱った書籍や,リアルタイムで渡りの状況を知らせてくれるホームページなどもあるので,渡りを通して,ひと味違うタカの観察を楽しんでみてはいかがでしょうか?
