公益信託 サントリー世界愛鳥基金
文字サイズ変更
検索
TOP > トピックス 12月 シギ・チドリを見に行こう!
旅する鳥たち

 バードウォッチングと聞くと新緑の季節に双眼鏡を持って森林に、というイメージを抱く方が多いのではないでしょうか?実際は、冬の森でも夏とは違った種類の鳥たちと出会えますし、池などにはたくさんのカモの仲間がいて夏よりもにぎやかです。
 一般的なバードウォッチングの観察の対象は、いわゆる夏鳥、冬鳥、留鳥と呼ばれる鳥たちですが、これとは別に旅鳥と呼ばれる鳥が多く含まれるシギ・チドリの仲間がいます。旅鳥のイメージが強いシギ・チドリは、本格的な渡りのシーズンの春にならないと見られないと思われがちですが、冬の干潟で観察できるシギ・チドリの種類もいます。今回はそんな鳥たちにスポットを当ててみたいと思います。

冬に見られる種もいるシギ・チドリ

 ところで旅鳥ってどんな鳥なのでしょうか。「フーテンの寅さん」のごとく、あっちへふらふら、こっちへふらふらと旅ばかりしている鳥のことなのでしょうか?確かに旅をしていますが、適当に移動する訳ではありません。夏鳥や冬鳥と同様に、繁殖地と越冬地の間を定期的に移動し、日本より北方地域で繁殖し、日本より南方で越冬するため、日本へは移動の途中となる春と秋にだけ立ち寄る鳥です。
 この旅鳥と呼ばれる鳥は、シギ・チドリの仲間が大部分を占めています。シギの仲間は、頭部に対して嘴がかなり長く、種類によって独特な形状をした嘴を持っているという特徴があります。一方、チドリの仲間は大部分の種類が短い嘴をしています。共に、干潟や河口などの水辺に飛来し、そこに生息する小動物(ゴカイ類や貝、カニ類など)を捕食します。シギ・チドリの仲間のほとんどは旅鳥ですが、前述したように種類によっては冬鳥や留鳥なので今の時期でも観察できます。今回はその鳥たちを中心に観察場所とともに具体的に紹介したいと思います。

冬の干潟へバードウォッチングに行ってみよう(撮影/安齊友巳)
冬の干潟へバードウォッチングに行ってみよう(撮影/安齊友巳)
冬の干潟に群れるハマシギ(撮影/安齊友巳)
冬の干潟に群れるハマシギ(撮影/安齊友巳)
シギ・チドリの観察のポイント

 観察に出かける前に、観察にあたっての注意点を紹介します。

 シギ・チドリの仲間を観察するためには、観察地へ訪れる時間が重要です。折角、餌場である干潟を訪れても、潮が満ちていた場合には、シギ・チドリが餌をとるための干潟が水没しているため、観察できない可能性がとても高くなります。事前にネットなどで潮見表を確認して、大潮または日中の干満差がなるべく大きい日の干潮の前後を狙うとよいでしょう。

シギ・チドリを観察するには、双眼鏡と三脚が便利
シギ・チドリを観察するには、双眼鏡と三脚が便利

 また、干潮時の干潟はとても広いため観察対象となる鳥までの距離が遠くなりがちです。そのため、双眼鏡だけでは満足な観察ができないことも多く、可能ならば望遠鏡を用意することをお勧めします。最近では4万円前後から鳥の観察に適したものが手に入るようです。

 干潟は遮るものが何も無いため強い風が吹いていることが多いものです。そのため、季節によっては防寒対策のほか、観察用の望遠鏡を固定する三脚もしっかりしたものを準備する必要があります。



 それでは、実際にシギ・チドリの観察に出かけてみましょう。シギ・チドリの仲間が多く飛来する干潟などの水辺は、国内に複数存在しており、その多くがラムサール条約登録地となっています。さらにうれしいことに、これら日本における登録湿地のなかには、都会近くにあって公共交通機関を利用して比較的容易に訪れることのできる場所が多いということです。次に、いくつかの湿地と見所を紹介してみたいと思います。

日本のラムサール条約湿地の位地図 (https://www.env.go.jp/nature/ramsar/conv/2-3.html)
出典:「ラムサール条約と条約湿地」(環境省)

ラムサール条約とは

ラムサール条約は、正式名「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」といい、1971年2月2日にイランのラムサールという都市で採択された、湿地に関する条約です。1975年12月21日に発効し、2016年7月現在、締約国169ヶ国、条約湿地数は2,241です。条約に加入した国々が、自国の湿地を条約で定められた国際的な基準に従って指定し、条約事務局へ通知することにより、指定された湿地は「国際的に重要な湿地に係る登録簿」に登録されます。これがいわゆる「ラムサール条約湿地」です。

【湿地の定義】

天然のものであるか人工のものであるか、永続的なものであるか一時的なものであるかを問わず、更には水が滞っているか流れているか、淡水であるか汽水であるか鹹(かん)水(すい)(塩分を含んだ水のことで、代表的なものは海水)であるかを問わず、沼沢地、湿原、泥炭地又は水域をいい、低潮時における水深が6メートルを超えない海域を含む。(第1条1)
 日本は、次の条件を満たしている湿地を登録しています。

1. 国際的に重要な湿地であること(国際的な基準のうちいずれかに該当すること)

2. 国の法律(自然公園法、鳥獣保護法など)により、将来にわたって、自然環境の保全が図られること

3. 地元住民などから登録への賛意が得られること

なんでこんな所に?住宅地に囲まれた干潟「谷津干潟(やつひがた)」

 谷津干潟は千葉県習志野市にある干潟で、東京駅から約40分、JR東日本の京葉線「南船橋」、京成電鉄では、京成本線「谷津」が最寄り駅となります。元々、谷津干潟を含む周辺域は、東京湾最奥部に位置する広大な干潟の一部でした。

 1966年頃より谷津干潟を含む周辺地域の埋立事業が開始されましたが、谷津干潟の土地は旧大蔵省所管の土地であったため、埋め立てを免れました。その後も、谷津干潟の埋め立て計画はくすぶり続けましたが、保全活動の高まりなどにより埋め立ては行われませんでした。そして、周辺部の埋め立てと宅地開発のみが進んだ結果、内陸の住宅地に囲まれた干潟が残されました。

 その後、谷津干潟は、1988年には旧大蔵省から旧環境庁へ所管換えされ、国の鳥獣保護区に指定されることが決定しました。さらに1993年にはラムサール条約に登録されています。

谷津干潟
宅地のなかに残された谷津干潟(撮影/安齊友巳)
宅地のなかに残された谷津干潟(撮影/安齊友巳)
谷津干潟での出会い セイタカシギ

 すらりと伸びたピンク色の脚と細長く黒い嘴、スマートで白と黒のコントラストが印象的な鳥。私がはじめて谷津干潟を訪れたときに出会い、夢中でカメラのシャッターを切った「セイタカシギ」です。1990年代初期には、なかなか出会えない珍鳥で、とても感激したのを覚えています。

 元々は、数も少なくたまにしか観察できない旅鳥若しくは迷鳥でしたが、近年では、理由はわからないのですが日本各地の干潟や湿地で観察され、留鳥として周年生息し繁殖している場所も多く知られています。写真の通り、可憐な姿をしていますがなかなか気が強い面を持っており、繁殖期などにはヒナに近づいたと思われるカルガモの頭を足蹴りする姿を目撃したこともあります。

可憐な姿に人気があるセイタカシギ(撮影/中島朋成)
可憐な姿に人気があるセイタカシギ(撮影/中島朋成)


東京ドーム50個分の広大な干潟「藤前干潟(ふじまえひがた)」

 藤前干潟は愛知県名古屋市港区と愛知県海部郡飛島村にまたがる、庄内川と新川の河口に広がる干潟で、伊勢湾内に残された最後の広大な干潟となります。名古屋市側(東側)の観察場所は、名古屋から約20分、名古屋臨海高速鉄道の「野跡」が最寄り駅となります。名古屋市に隣接していることから、1980年代より「ゴミの最終処分場」として埋め立ての計画が立ち上がったものの、保全運動などの高まりにより埋め立て計画は断念されました。

 2002年には国の鳥獣保護区(集団渡来地)に指定されると共に、ラムサール条約に登録されました。国内最大規模のシギ・チドリ類の渡来地で、カモ類の越冬地としても知られています。さらに、大型のチドリの仲間である「ダイゼン」や小型のシギの仲間である「ハマシギ」が群れで越冬することが知られており、それぞれの越冬群は愛知県のレッドリストにより地域個体群として指定されています。

ハトぐらいの大きさがあるダイゼン(撮影/今井 仁)
ハトぐらいの大きさがあるダイゼン(撮影/今井 仁)


藤前干潟
藤前干潟。遠くに見えるのが名港西大橋(撮影/安齊友巳)
藤前干潟。遠くに見えるのが名港西大橋(撮影/安齊友巳)
一糸乱れぬ集団飛翔 ハマシギ

 日本国内で最も多く見ることのできる中型のシギ類の一種です。冬羽では頭部から上背面が灰褐色で、腹面は白色。目の上に白色の淡い眉斑があります。嘴は黒色で頭の幅よりやや長く、先端部分がやや下側に湾曲しています。夏羽になると頭頂と上背面は赤褐色で、風切羽は黒色。腹部の大きな黒色部分がとても目立つようになります。

 本種は非常に大きな群れとなって行動することが知られており、多いときには万羽単位の群れを形成する場合もあります。藤前干潟では、多い年には数千羽単位で越冬することもあります。大群で飛翔し、海面すれすれを全個体が同調した動きで急旋回する姿は、一つの大きな生き物のように見えて圧巻です。

数万羽の大群を作ることもあるハマシギ(撮影/安齊友巳)
数万羽の大群を作ることもあるハマシギ(撮影/安齊友巳)


干潟に忙しそうに採餌するハマシギ

玄界灘に面した干潟「和白干潟(わじろひがた)」

 和白干潟は福岡県福岡市東区にある干潟で、博多湾の北東端に位置します。観察場所へは、博多から約20分、JR九州または西鉄線の「和白」が最寄り駅となります。他の干潟と同様、和白干潟に関しても1978年に全面を埋め立てる計画がありましたが、市民団体などの反対運動により撤回されました。2003年には国指定の鳥獣保護区(集団渡来地)に指定されましたが、ラムサール条約の登録地にはなっておらず、ラムサール条約に登録されることを目指して地元の守る会などによる活動が続けられています。

 和白干潟は、シロチドリやハマシギ、ミヤコドリなどシギ・チドリ類の渡来地であるほか、近年は国際的に希少な種であるクロツラヘラサギの越冬地としても有名です。

和白干潟
貴重な自然海岸が残っている和白干潟
貴重な自然海岸が残っている和白干潟
シロチドリは、不規則にジグザグに歩く(撮影/今井 仁) title=
シロチドリは、不規則にジグザグに歩く(撮影/今井 仁)
東アジアのみに生息し、2015年の世界一斉個体数調査では約3300羽しか確認されていないクロツラヘラサギ(撮影/中島朋成)
東アジアのみに生息し、2015年の世界一斉個体数調査では約3300羽しか確認されていないクロツラヘラサギ(撮影/中島朋成)
貝採り名人? ミヤコドリ

 和白干潟は、古くから定期的にミヤコドリが飛来する場所として知られています。関東近辺でミヤコドリというと東京都の鳥にもなっているユリカモメの別名を思い浮かべる方もいると思いますが、全く別種の鳥となります。

 こちらのミヤコドリは、チドリ目ミヤコドリ科に属し、ハトよりやや大きく中形でややずんぐりした体型をしています。容姿はとても特徴的で、太く長い嘴は鮮やかなオレンジ色で目の周りも同じオレンジ色、目(虹彩)は赤色で、がっしりしたピンク色の脚がよく目立ち、頭部から上背面は黒色、腹面は白色という白黒のコントラストも印象的です。

 和名はミヤコドリというとても優雅な名前ですが、英名では「Oystercatcher(オイスターキャッチャー)」と名付けられています。そのまま和訳すると「牡蠣を採るもの」となり、何とも実務的な名前となっています。私自身は見たことはないのですが、実際に岩などに固着している牡蠣などの二枚貝を捕食することに由来しているようです。

 ミヤコドリの嘴は、上下に平たく先端部が非常に鋭い形状をしています。この嘴をアサリなどの二枚貝のわずかに開いた隙間に素早く差し込んで、貝が殻を開閉するために使う筋肉(閉殻筋、いわゆる貝柱)を切断して中身を取り出して食べるという得意技の持ち主です。

二枚貝を器用に食べるミヤコドリ(撮影/今井 仁)
二枚貝を器用に食べるミヤコドリ(撮影/今井 仁)
飛翔するミヤコドリ(撮影/今井 仁)
飛翔するミヤコドリ(撮影/今井 仁)

 この時期の水辺はとても寒く、なかなか出かけることに躊躇してしまいますが、静かな冬の水辺を散歩しながら、ハマシギの群れを観察したり、美しいミヤコドリを観察したりするのは気持ちよいものです。多くのシギ・チドリ類のやってくる春の本格的な渡りのシーズンに向けて予習もかねて出かけてみるのはいかがでしょうか?

(一般財団法人自然環境研究センター 主席研究員 中島朋成)